日本国際ツーリズム殿堂とは 「殿堂入り」への道程 「殿堂入り」した方々 国際ツーリズムの歩み  
   
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1964〜  1970〜  1980〜  1990〜  2000〜
 

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1964〜
キャリア・オリエンテッドの時代
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“第二の開国”ともいわれる1964年の海外観光渡航自由化は
日本庶民の国際交流の出発点になった。
海外観光団体旅行の第一陣が4月6日羽田からハワイに向けて出発した。
日本乗り入れ航空会社や日本航空にとって
日本は潜在力豊かな海外旅行マーケットとしての共通認識があった。
日本航空「ジャルパック」、エールフランス航空「セシボンツアー」、
パンアメリカン航空「パンナム・ホリデー」などが続いた。
69年には、それまでの業務渡航者主体から
観光旅行者中心に市場構造は変化する。
これによって旅行会社の社内業務体制も変革を迫られた。
旅行あっ旋業からの脱皮である。
写真1
▲ジェット化が進んだ60年代。B707 (ボーイング社) とDC-8
(マクダネル・ダグラス社)が航空旅行産業をリードした
写真2
67年3月6日、日本航空による世界一周線
一番機が羽田空港を飛び立った。
ニューデリー、カイロ、ローマ、パリ、
ニューヨークなどに立ち寄るルートだった
写真3
日本交通公社が発表した「海外旅行シリーズ」▲
戦後初めての海外主催旅行で、自由化前年の
1963年(昭和38年) に販売された
写真4
カナダ太平洋航空の「カナダ・メキシコ研修
ツアー」。航空会社の研修ツアーが競うよう
に行われ、搭乗前の記念撮影が恒例に
米国にはサプリメンタル・キャリア(チャーター
専門会社)が健在だった。TIAはインセンティブ
ツアーで、世界に名だたる日本企業「SONY」の
ディーラーを運んできた
写真5
写真6
団体旅行の「ジャルパック」と並んで日本
航空が発売した個人向けパッケージツアー
「ジャルキット」。キャリア直売の誤解
解消で「販売手数料」を明記した広告
   
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